
「完ぺきに正しい他人の意見よりも、完全に間違っている自分の意見のほうが大事」
「私は、自分の信じているものが完全に間違っていても、それを信じます!」
主には、カルト信者がドツボにはまる思考回路として取り沙汰して来たものだが、
文系の洋学もまた、キリスト教徒やユダヤ教徒やその勢力下の人間が構築して来たもの
であるために自然と、その手の狂信者にとっての理論武装を念頭に置いたものとなって来た。
数理的、論理的に厳正な論及などにくじけて負けてしまうようなことがないように、
狂信と天邪鬼のどちらかでしかあり得ない連中にとっての力強い味方でこそあり続けて来た。
ただのカルトと違うのは、まさにそのような特定の信教を拠り所とせずとも、
それをこなせるスキルの伝授に特化して来た点であって、未だに本尊はカルト信仰な
ままでいる欧米人やそのシンパが、信仰という部分の完全破綻加減を表向きにはひた隠しながら、
昔からの狂乱に基づく振舞いを続けて行く助けとして来たのである。
してみれば、文系の洋学も決して、人類にとっての模範的な人文学などとは言えない
のみならず、人文学の中でも最も劣悪で危険な毒薬格であると見なすべきものだといえるし、
そんなものにかぶれてしまった連中が常人未満の理性と化してしまったりするのも、
ごく自然なことでしかないとまで言えるのである。
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